どんな時でも前進していく勇ましさ。動いてさえいれば、展開が見えると信じている私には、ふさいだ気持ちの時にポンと背中を押してくれる、素晴らしい言葉です。
ところが「武士道」によれば、勇気には静止状態をあらわす平常心があり、ただ動いていればいいというものではないとか…。
私の中で平常心とは、何が起きても堂々と構えていられる状態のことですが、よほど超越した人格を持っていないとムリ。そんな結論から、平常心を保っているフリをすることがあります。
苦手なプレゼンや講演の時、オロオロしているのを見破られてはカッコ悪い。何事もないような顔をし、緊張の場面を何度しのいだことか…。
幸か不幸か、フリだけは上手く、「肝が座っている」と言われます。でも、平常心はフリだけでも効果があるのでしょうか?いえ、徳川光圀は「生きるべきときに生き、死ぬべきときに死ぬことこそ、真の勇気なのである」と言いました。生きるの死ぬのなんて、ちょっと大げさなので、私なりに解釈したのは、「苦手なことは苦手と、腹をくくってカミングアウトできる勇気」。
オロオロしてもよいのです。でも、それを無理に隠して平気な顔でいることは平常心でも勇気でもありません。「出来ません」「苦手です」と恥をしのんで言う勇気も、自分らしく生きていく上で大切なことです。
(2006/02/01 近代中小企業)
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